論考   第2編 不毛な信念対立 その一  -事実判断が争点である案件-   F-10-1

はじめに
前編においては不毛要素「信念」「思い込み」「感情」「損得」を利用して川辺川ダム建設反対運動での「不毛の対立」について理解を深め、改善策も提案しました。そこで、これらを類似案件にも広く展開すべく一般化するとともに、堅固な信念に基づいている「不毛な信念対立」についての理解と改善策を深めるべく考察を進めました。

まず、類似案件とした被曝許容量の論争、原発の撤廃vs存続、子宮頸がんワクチンの是非との本質的な共通点、および「不毛」構造の共通性を明らかにしました。つぎに、追加した信念関連の不毛要素「情報」「思考」「価値観」「アイデンティティ」を利用して「不毛な信念対立」について理解を深めました。さらに、不毛要素の影響度合いから案件と各主張・姿勢の類型化・特徴づけ・掘り下げを行い、最後に改善策を提案しました。


今回の案件は事実判断が争点となるものでしたが、次編ではより幅広い案件に適合できるようにさらに一般化した論考を行います。


目次

Ⅰ 類似案件への展開                           F-10-1
1.  前編のまとめ
2. 本質的な共通点
3. 「不毛」構造の共通性

3-1 主張
3-2 姿勢


Ⅱ 「不毛な信念対立」の考察
1. 準備                                                   F-10-2
1-1「不毛な信念対立」とは
1-2 目標・進め方
1-3 不毛要素
1-4 事実判断

2. 信念と「不毛」                                    F-10-3
2-1 本来の形
2-2 信念3要素 
2-3 アイデンティティ
2-4 派生「信念」
3. 不毛要素の影響度合い                            F-10-4
3-1 影響度合いの意義
3-2 類似案件 
3-3 川辺川ダム
Ⅲ 「不毛な信念対立」の改善                       F-10-5
1. 改善の動機づけ 
2. 改善策

Ⅳ 全体のまとめ

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Ⅰ 類似案件への展開
1. 編のまとめ
前編の「川辺川ダムでの『不毛な対立』」で明らかとなったことをまとめておきます。
1)「不毛な対立」
紛糾していた水害規模やダムの効果・環境破壊などの予測は“事実”(科学的事実)に関する事柄なので、本来なら共通の認識を持ち得たはずです。しかし、国交省の強権的な進め方に対抗して脱ダム関係者が少なからずの不適切な主張を喧伝し続けていたので、なんの有効な対策を打てないまま今回の水害が発生してしまいました。

結局、想定していた水害から流域住民を守れなかった国交省、想像もしていなかった水害を流域住民に被らせてしまった脱ダム関係者、ともに“忸怩たる思い”に陥っているはずです。そして、両者に翻弄された流域住民が最も悲惨な目に逢いました。

だれもが不幸に陥ってしまった、まさに「不毛な対立」でした。


2)「不毛」の解析
主張での「不毛」は下記のような構造になっています。
・「信念」により「歪んだ/誤った事実判断」が造られる (「不毛」の根源)
・同傾向の派生「信念」が粗製乱造される (「不毛」の“骨格”)
・安易な/誤った「思い込み」が溢れかえる (「不毛」の“血肉”)

姿勢での「不毛」は下記のような構造になっています。
・国交省・・・子供の信頼を失った親・・・パターナリズムの「信念」
・マスメディア・・・事実に角度を付けている・・・“正確・公正”より優先される「信念」、私企業の「損得」
・活動家・・・”正確・公正”を欠く、”心情”に訴える・・・確信犯正当化の「信念」、フル活用の「感情」
・学者・・・活動家になっている・・・“真実”を鈍らせる「信念」
・住民・・・理解力が不十分・・・コントロールされる「思い込み」「感情」、決めつけの「損得」


3)「不毛」の改善
改善策としては事実判断を一致させることが基本ですが、これが不毛要素によって阻害されていました。そこで、以下のような”損得ベース”の改善策に可能性があったと思われます。
・「損得」:利害当事者が本当の損得を見極める。
非利害当事者に対しては世論が彼らの不適切な主張と姿勢を厳しく批判する。
・「感情」:損得見極めのために、現存の各種感情抑制法を適用する。
・「思い込み」:損得見極めのために、対立相手の批判を真摯に検討する。
刷り込みには世論が厳しく批判する。

しかしながら、「信念」の改善は”損得ベース”にはなら大変難しくなっています。




2. 本質的な共通点
前編の川辺川ダム建設反対運動についての考察検討結果を他の類似案件に展開することが出来れば大変有益となります。しかし、そのためには案件の本質的なところが共通していなければなりません。

そこで、一例として福島原発事故後に激しい対立が生じた「被曝許容量の論争」と川辺川ダムとの共通点を確認します。
A:ともに「不毛」が深刻です。甲状腺がん検査では一方(反体制側)がチェルノブイリの前例から一斉検査の徹底を主張したのに対して、他方(体制側)は推定被爆量が低いことから過剰診断の害を指摘していましたが、実りある議論にはなっていませんでした。結局、一斉検査が継続されてきましたが、現在では過剰診断だったことが明らかになりつつあります。
Bともに事実判断が争点となります。健康影響や推定被爆量などの事実判断の違いが争点となっています。
C:ともに堅固な「信念」に基づいています。一方は被曝実態を徹底的に追及すべし、他方は被曝健康影響に関する学術的知見を尊重すべきしとの強い「信念」を持っています。
D:ともに「不毛」を引き起こす主張・姿勢の構造は同一です。「不毛」の根源・ “骨格”・ “血肉”も揃っています。

このように両案件では主張の中身や関係者自身は全く異なるものの本質的な共通点があります。

そこで、さらに次節においては上記A~Dが共通している下記案件を用いて、特に重要なDの「不毛」構造の共通性を実際に確認します。前編での解析をベースにしており、いずれも反体制側の主張・姿勢を例にしています。





3. 「不毛」構造の共通性
3-1 主張
1)歪んだ/誤った事実判断 (「不毛」の根源)
・干渉する頑なな「信念」
川辺:「① ダムの全否定。もともとダムはあってはならないもの」 (治水効果などを無視)
被曝:「許容量・閾値の全否定。どんなに低線量であっても危険」 (長年の研究蓄積を無視)
原発:「原発の全否定。もともと原発はあってはならないもの」 (温暖化などへの貢献を無視)
ワク:「ワクチンの全否定。とんでもない薬害」 (データに基づいた有効性・安全性を無視)

2)同傾向の派生「信念」 (「不毛」の“骨格”)
・事実判断が転じた「信念」
川辺:「② 国の基本高水は誇大。ダム建設に導くための恣意的な数値、科学的な捏造」
被曝:「甲状腺検査における過剰診断の問題は誇大。国の推定被曝量は矮小」
原発:「国の電力需要予測は誇大。再生可能エネルギーの供給予測は矮小」
ワク:「国の効果予測は誇大。副反応予測は矮小」 

・ 信仰化による「信念」
川辺:「③ ダムが水害を起こす。”緊急放流”を行うダムは危険。」
被曝:「10m㏜以下の低線量被曝でも深刻な健康被害が出る」
原発:「原発はカルデラ噴火(6万年間隔)にも備えるべし」
ワク:「副反応で歩行困難や不妊となる」          

3)安易な/誤った「思い込み」 (「不毛」の“血肉”)
・刷り込みによる「思い込み」
川辺:「④ 清流が失われる。『死の川』に化す」
被曝:「自然放射線と違って“人工放射線”は危険」
原発:「“核のごみ”を後世に押しつける。将来世代が苦しむことになる」
ワク:「“人工物”を人間の体に入れてはならない」

・希望的観測による「思い込み」
川辺:「⑤ ダム以外の治水が可能。すでに”緑のダム”が復活している」
被曝:「自然放射線の被曝は問題なし。進化の過程で耐性ができている」
原発:「再生エネルギーで対応が可能。再生エネルギーを促進すればよい」             
ワク:「検診で対応が可能。検診を徹底すればよい」

・善/悪単純化の「思い込み」
川辺:「⑥ 国交省は”悪人” 」                        
被曝:「復興庁・御用学者は”悪人”」 
原発:「経産省・原発ムラは 〃 」                                 
ワク:「厚労省・製薬会社は 〃 」


3-2 姿勢
1)マスメディア(事実に角度を付けている。“正確・公正”より優先される「信念」、私企業としての「損得」)
川辺:問題点を過度に強調して報道。建設反対を誘導
被曝:      〃       自主避難や甲状腺一斉検査を誘導                        
原発:      〃       原発反対を誘導
ワク:      〃       歩けない/痙攣する少女たちの映像で恐怖を植え付け    


2)活動家(”正確・公正”を欠く、”心情”に訴える。確信犯正当化の「信念」、フル活用の「感情」)
川辺:問題点をセンセーショナルに情緒的に喧伝。脱ダム運動につなげる思惑
被曝:         〃          原発反対運動につなげる思惑                        
原発:         〃          政権批判につなげる思惑
ワク:「(接種より)子宮頸がんに懸かったほうがまだ人間らしい暮らしが送れます」と発言


3)学者(活動家になっている。“真実”追及を鈍らせる「信念」)
川辺:ほぼすべての専門家・学者が指摘する危険な状況を無視し、画一的な脱ダム論で対応
被曝:京大熊取六人衆の一人は「国の推定被爆量は嘘」と公言
(これに対して六人衆の別の一人は「彼は活動家だから・・・」と評している)
原発:「原発なしで温暖化対策が可能。福島県の放射能汚染はきわめて深刻」と主張(社会学者) 
ワク:不適切な研究で調査委員会から厳重注意処分を受けた(信州大教授)


4)住民(理解力が不十分。コントロールされる「思い込み」「感情」、決めつけの「損得」)
川辺:脱ダム関係者を信用して損害を被ってしまった。一部では”都市伝説”の積極的な発信も
被曝:福島県だけでなく首都圏から関西や沖縄まで移住した人々も少なくなかった
原発:国を信用して損害を被ってしまった。(川辺川ダムと逆)
ワク:現在までの接種率低下の結果、今後毎年3000人程度の死亡者増が推計されている


以上のように上記案件では主張の中身や関係者自身は全く異なるものの主張・姿勢の構造は共通していました。そこで、前編での考察結果はかなりの案件に展開できそうです。

以下、この前提で考察を進めることにします。

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