不毛な信念対立  F-10-2

U 「不毛な信念対立」の考察
1. 準備 
1-1「不毛な信念対立」とは

ここに上記A〜Dで共通する案件を「不毛な信念対立」とします。注)
これは「不毛な対立」の一種ですが、Cで示されたように「不毛」の根源であり“骨格”となる「信念」が強く絡んでいるものであり、他とは質的に異なるので特別扱いにしました。

定義としては『自分では正しいと信じる具体的な信念を堅固に守る両者が、議論をしてもその成果を実らせずにあくまで自分の考えに固執する対立』とします。

様相としては「議論での一方的な主張」「議論のすれ違い」、および「ダブルスタンダード」「視野狭窄、思考の偏向」、あるいは「過度の熱気/切迫感」「事実の曲解、相手主張の貶め」「敵対的態度、人格攻撃」、さらには「自説へのこだわり」「頑迷、独善」「**ありき」等々、実に厄介なものばかりです。

 注)正確にはBで示されたように「事実判断が争点となる『不毛な信念対立』」とすべき。一方で、「事実判断が争点ではない『不毛な信念対立』」として「中絶の是非」「宗教対立」などがあるが、これは次編で考察することにする。

1-2 目標・進め方
目標は「不毛な信念対立」の特徴を明らかにするとともに、その改善策を提案することになります。

以下のように不毛要素を活用して考察を進めます。
@ 事前準備として、不毛要素と事実判断について詳しく考察する。(下記1-3,1-4)
A 信念の3本柱である情報・思考・価値観が「不毛」の要因になる状況を考察する。(2-1,2-2)
B 新規のアイデンティティについても考察する。派生「信念」粗製乱造の詳細構造を示す。(2-3、2-4)
C 不毛要素の影響度合いについて考察する。(3.)
D「不毛な信念対立」の改善策を不毛要素ごとに提案する。(V)

1-3 不毛要素
1)信念・思い込み・感情・損得
確認のため、前編V 1.での記述を再録します。

信念:三本柱の価値観は人それぞれで構わないものの思考は適切であり情報は正しくなければなりませんが、これを満足していないものが不毛要素の「信念」となります。信念はその人にとって重要なものですが、それだけ大きな影響力を持っているので強力な「不毛」を引き起こします。最後まで残る厄介な不毛要素です。

思い込み:信念とは違って客観的な反証が理解できれば容易に修正されますが、理解力の不足等で修正できていないものが不毛要素の「思い込み」となります。主なものに不確実性の恣意的解釈や正/誤(あるいは良/否や善/悪)判断の単純化があります。

「思い込み」は誰でも避けられないものであり、ひとつひとつは大したものではないのですが、それが多数になると強力な「不毛」を引き起こします。

感情:怒りが燃え上がる、不安に陥る、情緒的となる、無闇に反発する等の過度なものが不毛要素の「感情」となります。自分に発生するだけでなく、他人の説得・誘導に利用することが多くなっています。

対立で感情が湧き上がるのは自然なことですが、感情に振り回されれば「不毛」となるのは当然です。特に「不毛」で重大なのは他人への利用です。

損得:利害当事者が自分の損得を安易に決めつける、および非当事者が自分の損得を優先させるなどの不適切なものが不毛要素の「損得」となります。社会的な功名・悪評なども含みます。

利害当事者が損得勘定で行動するのは自然なことですが、損得を真剣に考えない、被害妄想に陥るなど本当の損得を見誤っている場合がしばしばあります。非当事者による自分優先も含め、不適切であればあるほど「不毛」は深まります。

2)信念3要素
信念の3本柱である情報・思考・価値観をそれぞれ独立した要素とし、信念3要素と総称します。(詳細は後述。2-1,2-2)

3)アイデンティティ
前編冒頭の清流にこだわる母親に代表される流域住民の深い”心情”、および脱ダム活動家・学者の粘り強い活動の理由については今までの要素では十分に説明しきれません。これは上記の類似案件でも同様です。

そこで、新たな要素として『アイデンティティ』を導入します。(詳細は後述。2-3)

アイデンティティは「自我(自己)同一性」「自己存在証明」「個性、固有性、独自性などの自覚」などとも説明されます。
また、「当人が『アイデンティティの喪失』(アイデンティティークライシス)を強く恐れる」ことが大きな特徴になっています。

4)定義
新たな要素を含めた定義は下記となります。



要素が「不毛」の要因になっている場合、不毛要素として括弧付きの「**」と表記します。
(「信念」「情報」「アイデンティティ」「思い込み」など)

5)不毛要素の関係それぞれの不毛要素の関係(差異/共通点、遠近など)は以下となります。

・「信念」は具体的で意識的な考えであるが、「価値観」は概念的で潜在的な思い。
・「信念」はその人の「アイデンティティ」になっている場合がほとんどで、“相互依存状態”の場合も多い。
(このため前編までは「アイデンティティ」を「信念」に含めていた)

・「信念」は正しいと信じるものであるが、「思考」は論理的思考と洞察力。

・「価値観」と「アイデンティティ」はともに適/不適・正/誤がなく、人それぞれで構わない。
しかし、より確かで堅牢になろうとする気持ち、己の正義を実現しようとする気持ちが強い。
・「価値観」は自分を外から見ている(自分はこうあるべき)が、「アイデンティティ」は自分がその中に入ってしまっている(自分がほかならぬ自分)。
また、「価値観」は冷静沈着であるが、「アイデンティティ」には熱があって活動のエネルギー源となっている。

・「感情」は冷静沈着な「価値観」とは遠いが、熱のある「アイデンティティ」とは近くなっている。

・「思い込み」は客観的な反証が理解できれば修正されるが、「信念」はどんな反証や反論を突き付けられても頑なに堅持される。
・「思い込み」は安易で独りよがりの固定観念・先入観であるが、「情報」は信念の素材となる情報・データ・知識である。

・「信念」と「アイデンティティ」はともに「損得」とは遠く、むしろ損得勘定を拒否する傾向がある。

各不毛要素の関係を図示ましした。




1-4 事実判断
1)確定事実、推定事実、事実判断
一般的には事実とは過去にあった事柄と現在ある事柄だけを示し将来の事柄は含みませんが、本サイトでは過去・現在・未来を問わず、共通認識が得られるものを「確定事実」、得られないものを「推定事実」とします。

たとえば日の出の時刻は、昨日のものだけでなく明日でも来月でも確定事実となります。なぜなら天文学によってきわめて信憑性の高い予測がなされており、すべての人がそれを認めるからです。

一方、過去のことであっても推定事実となる場合が少なくありません。たとえば「昨日は曇だった」との意見があっても、「晴れ間もあった」「薄曇りだったので晴れと見なせる」「夜遅くに雨になった」との反対意見もあり得えます。

そこで、範囲や定義などを明確にした上で推定事実の真偽を判断したものが、その人の「事実判断」となります。

そして、 “信念”対立とは言え、「不毛な信念対立」では事実判断の違いで対立している場合がほとんどです。それは「信念」による「歪んだ/誤った事実判断」が横行しているからです。たとえば、広く高気圧に覆われて引き続き快晴と予報されていているにも関わらず「10分後に大雨となる可能性は否定できない」如きの事実判断が出てきます。

2)情報との関連
情報は様々な未確認情報や確定事実・推定事実、そして事実判断で構成されています。ごくシンプルな案件では情報=未確認情報となりますが、通常は事実判断が主となります。(左図)

そして、事実判断を行う際にも情報と思考が必要となります。(右図)

         






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