「運命共同体 百年の大計」   F-8-5


4-2 治山治水

4-2-1 スーパー堤防反対運動

 スーパー堤防とは、多摩川や荒川など大都市を流れる河川のための高規格の堤防で、予想を超える豪雨による壊滅的な被害を回避しようとする壮大な計画です。下図のように堤防の幅を大幅に広げるもので、川沿いの「まちづくり」の面も強くなっています。注1

 

     

 

 現在、事業実施中の江戸川区では一部住民が反対運動を展開しています。野党が協力し裁判も行われていますが住民側の敗訴が続いています。反対理由は以下のようになっています。

 ・対象地域の住民は一時的な立ち退き(約3年)をしなければならない。

 ・計画すべての完成には12兆円が必要で、期間も400年以上かかる。

 ・他の方法(現状のままコンクリートで覆う、矢板を打ち込む)では費用が1/100で期間も短い。

 

 しかしながら、12兆円と400年は正しくはありませんし、住民にとって長期的メリットが大きく、社会正義にかなった政策と思われます。注2) そのため、スーパー堤防は家康の治水に続く「百年の大計」としてふさわしい事業であるとも感じますし、少なくとも検討する価値のある計画であることは間違いありません。

 反対住民の態度は上記の二子玉川反対運動のスケールアップ版のように思えます。

 

 また、野党幹部は、立ち退きの強制解体現場において「強権発動の光景に怒りを覚えます。この計画には一片の道理もない。世紀のムダを撤回させるまで頑張りぬきます」と檄を飛ばしていました。

 しかし、これは住民の感情を煽るもの、ダメ事業と思わせて検討させないものでしかなく、反対運動を党勢アップに結び付ける功利も感じてしまいます。

 (写真:住民・野党による抗議活動)

 

 特に、現世代の利益のために将来世代に考えがおよんでいない点が残念です。将来世代にとってはスーパー堤防の方がよいのは明々白々で、他方式を遺すと恨まれてしまうのは間違いないでしょう。注3) 核のゴミと同じです。

 本来、「運命共同体 百年の大計」を担う公党としてこの点はとても悩ましい所です。住民も交えて真剣に検討を進めるべきであって、場合によっては反対住民を説得しなければならないこともあるはずです。しかし、このような様子は見られません。

 

注1)1987年から全長873kmとして事業がスタートしたが、事業仕分けにて12兆円、400年もかかるとして廃止が決まった。しかし、直後に発生した東北大震災による国民の安全志向を受けて、翌年には都心の人口密集地120kmに縮小して再開することが決定されている。 スーパー堤防では内水氾濫などに比べ桁違いの被害となる決壊をほぼ完ぺきに防止することが出来る。

注2)12兆円と400年は当初計画の場合なので現計画ではかなり減るはず。もともと400年とするのも、今までの進捗実績からの単純計算なのでスピードアップは十分に可能。(二子玉川のような悠長な進め方こそ改めるべき)  事業としては、都心での堤防決壊では被害額は10兆円をはるかに超え得ること、これが繰り返すことを考えると、たとえ工事費用が10兆円近くであっても十分なメリットがあると思われる。 立ち退き対象の住民にとっては、3年の仮住まいは辛いとは言え、未来永劫、家を流される心配がないこと、環境が良くなり地価もアップすることなどから、長期的にはメリットが大きいと思われる。(多数の人命・資産を守るための自己犠牲もメリットでは?)  ゼロメール地域に住む江戸川区住民50万人にとってメリットは絶大。低所得世帯の多い江戸川区の負担はわずかで、ほとんどを国費で賄うことになるので社会正義にもかなっている。

注3)他方式であるコンクリート式は地震や寿命に不安が残り景観の問題もある。矢板式は決壊の恐れが拭えない。いずれも「まちづくり」は別途行う必要がある。

 

4-2-2 脱ダム論

 かつては治水の主役であったダムは1990年代以降の公共事業の見直し、田中康夫長野県知事による脱ダム論の影響もあって建設がほぼストップしています。

 

 しかしながら、ある脱ダム論支持の県議会議員によると「河川工学者のほとんどがダム推進論者で、いわゆる御用学者。ダムに依らない治水を真正面から訴えることができる河川工学者は日本でたった二人しかいない」とのことなので、もしこれが本当であれば、脱ダム論の科学的根拠はわずか二人の異端工学者の見解に基づいていることになります。(彼らは脱ダム陣営々から「善人」扱いされている)

 実際には、脱ダムを主張する複数の「専門家」は存在するのですが、他分野の専門家や弁護士、活動家、ジャーナリストなどです。科学的な判断や信念の関与、および功利の点で疑問符がつきます。

 さらに、ダムの不確実性は土木関係よりも気象関係の方が圧倒的に大きいはずですが、河川工学者にとって気象は専門外なので、脱ダム論では気象の不確実性解釈に「甘さ」(異常気象への備えが不十分)があると思われます。 

 
 また、メディアや野党は脱ダム論を好意的に取り上げるだけでなく、公共事業の闇や水没地域の悲劇、環境破壊を情緒的に訴えてきました。

 さらに、活動的で発信力のある「専門家」は脱ダム論の喧伝に加え、ダム推進論者をダムマフィア呼ばわりして「悪人」に仕立て上げるなどで世論の怒りを煽りたててきました。

 このようなことから世論は脱ダム論に固まっていったようです。

 
 そして、政府も近年はダム建設に消極的となっており、2030年見込みでもほとんど増えていません。メディア・野党・世論の脱ダム論に追従しておいた方が穏便で楽であるとの判断で、そこには財政難という名目と気象の不確実性への「甘え」(異常気象は本当に稀)があるのかもしれません。そうであれば、あるべき対立を放棄する慣れ合いであり、保身の職務怠慢と言われても仕方がありません。
注1)

 
 さて、最近の状況を見てみると、異常気象はすでに従来の想定を超えはじめていますし、今後もっと悪化する可能性が高くなっています。

 また、なんとか完成に至った八ッ場ダムは今回の台風19号で治水の有効性を示しました。

 (写真:一晩で満水となった八ッ場ダム)

 

 一方、ダムの別機能である水力発電は変動の少ない良質な再生可能エネルギーであり、しかも日本の地形に合致しているにも関わらず発電比率は約9%に留まっています。注2)

 果たして、脱ダム論に行き過ぎはなかったのでしょうか? メディアや野党はしっかりした根拠もなく脱ダム論賛美に走っていた面はなかったのでしょうか? 世論はこれらに誘導されていたのではないでしょうか? 

 今、まさに不確実性対応としての軌道修正を真剣に検討すべき時ではないかと思われます。各当事者は下記のような行動を起こすべきではないでしょうか?

・専門家:新たに気象専門家を交えて状況変化に謙虚に向き合い、改めてダムの必要性を慎重に検討する。

・メディア、野党:過去の脱ダム論賛美をしっかり検証した上で、新たに国民的な議論を導びく。

・政府:毅然たる態度でベストと判断した方針を示す。

・世論:情緒ではなく理性によって、また「専門家」ではなく真の専門家の見解を学んで、バランスのとれた判断を行う。

・全当事者:公共事業の闇などの障害物を撲滅する。

 

注1)この状況は子宮頸がんワクチンと酷似している。副反応とされる少女の悲劇とごく少数の医師による薬害説をメディア・野党・「専門家」がセンセーショナルに取り上げることにより賛同する世論が形成され、それに押されて国は接種の積極勧奨を中止している。しかし、最近では悲劇の原因と薬害説に疑問が投げかけられている。

注2)スウェーデンでは水力の発電比率は40%。原発43%との寄与で化石燃料はわずか2%に抑えられている。

 

 


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