科学者/専門家の責任と倫理 
  F-6-2



3. 移転反対の科学者/専門家の功罪 2017.12.31

移転反対の科学者は2007年頃からシンポジウムや出版物によって科学に基づく批判を積極的に行っており、これが都にきわめて厳重な土壌対策を実施させたとも思われます。この点では功績があったと言えます。


 しかしながら、最近の言動、上記の「食の安全が脅かされる」「豊洲で働く人々が健康被害を受ける」の主張(とその黙認)は次の点で罪つくりとなっています。

 第一に、この主張はそれを利用したい一部の人々には歓迎されますが多くの人々に反発を生み、市場関係者同士(およびそれぞれの賛同者)の感情的な反目を激しくしています。都側を含む一般の科学者/専門家はこの主張をとんでもないもの(トンデモ)と呆れるでしょう。

また、多くの都民(世論)もこの主張にはかなりの「誇張」があると感じるはずで、これは「科学者/専門家への信頼低下」や「ファクト(事実)軽視の風潮」を社会に広めるでしょう。

 第二に、上記のことからの当然の帰着なのですが、真摯な議論が阻害されています。市場関係者同士では他の様々なファクトに関しても冷静な議論がなされていません。一般の科学者/専門家としてはトンデモ主張をする科学者/専門家とは議論をする気にもならないでしょう。

これらの結果、「様々なファクトがあいまいなまま」となっています。たとえば、将来1階での有害なガス濃度が環境基準を何桁ぐらい超過し得る? そうなった場合にはどのような対策でどの程度低減できる? 建物の耐震性・床耐荷重が不足している? 液状化で震災被害が深刻化する? などに関する真摯な議論は全く行われていません。これらは立場・価値観・信条とは無関係の客観的なファクト(ファクトに基づく科学的予測)であるにも関わらず共通了解がなされていません。

そのため、共通了解されたファクトに基づくべき最重要の議論、移転によるメリット/ディメリットはどのようなものか? 他の選択肢の実現可能性は? に関する真摯な議論がほとんどなされていません。

 第三に、これらの状況が行政にいい加減な判断を許しています。共通了解されたファクトや深められた議論があれば行政はそれを無視することは出来ませんが、それらはありません。科学者/専門家に対する世論の信頼もありません。

小池都知事が市場関係者の話しも聞かず指摘された問題点も無視し、科学者/専門家の意見も自分の都合の良い所だけピックアップして最終判断を下しても、世論からあまり批判されないのはそのためでしょう。たとえば、耐震性・床耐荷重や液状化の問題は移転反対の科学者/専門家が指摘しており実際に深刻な問題かも知れないのですが、「食の安全」と同じ「誇張」とみなされてか全く無視されていますし、それに対する世論からの批判もありません。

これらの結果、賛成/反対いずれの市場関係者も自分たちの利益に沿わない事態、つまり「不利益を共に被る」ことになってしまいます。都民もこの点では同じです。

 

以上の状況を下図にまとめました。

 

 

このように移転反対の科学者/専門家による不適切な主張が自らの信頼低下を招き、その結果多くの人々に不利益を強いることになっています。彼らが「よりよい社会」を目指してよかれと思って活動していることは間違いないでしょうから、これは善意が他人も自分も傷つけてしまう『悲喜劇』となっています。


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