専門家の発言  F-3-3



4 U「相手の事実認識を前提」による仮想議論  2013.12.31  (更新 2014.12.31)

 Uの「仮に『相手の事実認識を前提』として相手の発言・主張を批判する」による仮想的な議論を下に示しました。(前章3中盤での仮想議論の続き) 細かいやりとりを長々と続けますが、これはUでの議論の重要性を理解していただくためです。

(この仮想議論、特に後半は必ずしもご本人に賛同いただけるものではないかも知れません。あくまで私の創作となっていますのでお間違えないようにお願いいます。そのため、影浦氏を想定したK氏、中川氏を想定したN氏のやりとりの形にしました)

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(N氏) 100mSvを超えると直線的にガン死亡リスクは上昇するが、100mSv以下で、ガンが増えるかどうかは過去のデータからはなんとも言えない。それでも、安全のため、100mSv以下でも、直線的にガンが増えると仮定しているのが今の考え方。 仮に、現在の福島市のように、毎時1μSvの場所にずっといたとしても、身体に影響が出始める100mSvに達するには11年以上の月日が必要。

K氏) 11年で100mSvの影響、つまり0.5%のがん死となり得るは大問題。

(N氏) 実際の被曝量は次のふたつの理由でもっと少なくなる。「毎時1μSv」はセシウム半減期とウェザリングによって2-3年で半減、その後10年でさらに半減する。「ずっといたとしても」は非現実的で、実際は低線量の屋内滞在が長く1/2〜1/3となる。したがって、累積で100mSvとなるには少なくとも50年はかかる。

(K氏) 子供は放射線感受性が高く、寿命も長いので50年であっても問題。

**** 以上は前章のまま。以下が新規 ***** 

(N氏) 子供の放射線感受性はせいぜい2-3倍のはず。もともと長期間にわたる低線量被曝では修復作用がよく効いているのだが、防護の観点から安全側にたって瞬間的被曝の結果を単に1/2にするだけとして累積100 mSvの影響としている。50年の累積被曝ではこれよりもずっと少ないはず

(K氏) 「・・はず」とは、やはり「わからない」のではないか。

(N氏) 「わからない」といっても、影響が非常に少ない範囲での「わからない」。日本の自然放射線は年2mSvなので50年累積で100 mSvとなり、医療や航空機での被曝を含めるとその2倍以上にもなる。また、塩分の摂りすぎや運動不足・肥満は、影響の大きな瞬間的被曝の100〜200 mSvよりも発ガンリスクが大きい。これらから考えると、今回の原発事故による被曝の影響がとても少ないことが理解できるだろう。

(K氏) 影響の少ないことは理解したが、それでも「わからない」ことには変わりはない。また、影響が少なくても、住民がそれを負わせられるのは理不尽。これと本人の責による生活習慣を比較するのはおかしい。

(N氏) 理不尽なのは当然だが、原発による被曝だけに目を奪われて不必要な避難で健康を損ねてしまうのは二重の悲劇。「わからない」からといって専門家が「わからない」としか言わなければ、この悲劇がさらに深刻になる。気持ちとして生活習慣との比較にひっかかるのは理解できるが、客観的なリスク評価には必要。

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(K氏) おっしゃりたいことはすべて理解した。ただ、たとえあなたの認識がすべて正しいとしても、そこには重大な見落としがある。つまり、わずかとは言え「わからない」ことが残っているにも関わらず、あなたはそれを矮小化してほとんど無視している。
 「わからない」ことを無視して出来あがった「毒物は胎盤を通らない」との当時の“定説”が、悲惨な胎児性水俣病の拡大を招いた。同じようなことが被曝被害でもあるのではないか?

(N氏) 科学、特に医学に関しては100%確実と言い切れる説はないが、知見の豊富な被曝被害に関してはほぼ確実と言ってよい。 

(K氏) 原発事故のリスクも同じような安全神話で騙されてきた。科学はそれ自体で真実性を保てるものではない。科学者の自己過信や集団思考、あるいは社会的な圧力によって、真実は知らず知らずのうちに歪められている。水俣病ではこれらが顕著に出ていた。

(N氏) その指摘は必ずしも否定しないが、もし歪められているのであれば、その間違っている点を科学的に反証すべきでは?

(K氏) それが簡単に出来ないからこそ深刻なのである。視野の狭い専門家はこのあたりの意識が全くもって低い。科学史には似たような例がごまんとある。私が批判を強めているのもこのため。

(N氏) なるほど・・・。そういう意味でならご批判は真摯に受け取らなければならない。確かに、指摘されるまで考えが及ばなかった点もある。 
 ただ、実は、我々としては危険性を訴える方が楽。安全を言って間違っていたら激しく非難されるが、危険を言っていれば間違っても「な〜んだ」となるだけ。

(K氏) それは了解しており、個人が悪者とは思っていない。その善意の裏に、本人にも気づかれずに潜んでいる罠を懸念している。

(N氏) 大丈夫だと思うが、それには充分に気をつけるようにする。  

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(K氏) 別観点からの批判もしたい。ここでは、仮にあなたの事実認識がまさに真実であったとする。 しかしながら、それでも影響はゼロでないので、極めて少数とはいえ必ず誰かが原発事故起因のガンとなる。そのババを引いたご本人は紛れもなく原発事故の犠牲者である。
 また、被曝地域でガンになった人の大半は「原因はあの原発事故か!」と苦しむことになるだろう。原因が生活習慣病なら受け入れることが出来ても、原発事故であれば絶対に受け入れ難いはず。

(N氏) これらの批判は住民に暗示をかけて不安を煽る不適切なもの。住民の健康を損ねるだけで、本当に住民の幸せを考えたものには全くなっていない。決して「知的ゲーム」「論理思考の実験」になってはならない。

(K氏) 確かに・・・。そのとおりかも知れない。気をつけるようにする。

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この議論の前半は被曝被害に関する具体的なもので、細かい事実関係や懸念・疑問点が整理されて科学的に「分かっている」部分と「分かっていない」部分がはっきりしてきました。 

後半は「わからないこと」や“定説”をどう扱うべきかなど科学の真実性に関する一般的なもので、本質的な問題点が浮かび上がってきました。この問題はなかなか解決が困難なのですが、互いに相手への理解も進み自分の問題点も認める余裕が出来ています。そのため、さらに議論を深めることにより少しずつ解決に近づいていくと期待できるでしょう。

 

 

5 U「相手の事実認識を前提」の利用  2013.12.31  (更新 2014.12.31)

「両者の事実認識による批判」法のすべてではなく、Uの「仮に『相手の事実認識を前提』として相手の発言・主張を批判する」だけの利用でも大変有効となります。

影浦氏は、本書にて長崎大学医学部教授の山下俊一氏のつぎの二つの発言を取り上げています。(「信頼の条件」p4) ひとつは、原発事故直後5月3日の福島県住民向け講演での「何度もお話しますように100mSv以下では明らかな発ガンリスクは起こりません」。もうひとつは、その3年前の医学会参加者向け講演での「20歳未満の人たちで、過剰な放射線を被曝すると、10-100mSvの間で発がんが起こりうるというリスクを否定できません」との発言です。

そして、「この両発言には明らかな温度差があって、原発事故を境にこのように見解を変更することは」云々、と批判しています。つまり、この二つの発言は矛盾しておりけしからん、とのことです。注-1)


また、影浦氏は別メディアで、まさに事故直後3月21日の住民向け講演での山下氏の「放射線の影響は、実は、ニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています」との発言を取り上げています。(「科学」岩波書店、2013年11月号 vol.83、 p1261)

そして、この発言を「科学的であることを期待されあるいは自称し、またあるいはそのように描き出されながら、あからさまに非科学的だったもの」の代表としています。さらに、「動物に関してニコニコしている状態とクヨクヨしている状態をどのように定義し判別して実験が行なわれたのか、不明」と指摘しています。注-2)

 

言うまでもないことなのですが、これら山下氏の発言で注意すべきは、その平易なことばが、実は医学的に高度な事実認識(知識)に基づいていることです。つまり、発言は講演(特に、ふたつは事故直後の住民向け講演)でなされたものなので極めて単純化されていますが、その根拠となる事実認識は膨大で複雑なものとなっています。

影浦氏が、3年前と5月3日の発言を「変更」「矛盾」と見なしているのは、また3月21日の「ニコニコ」「クヨクヨ」に疑問に感じるのは、単純化されたことばだけを見ている(言わば、言葉尻を捉えているだけ)からとしか思えません。もし発言の元となっている事実認識を多少なりとも理解していれば、このような粗雑な反応にはならなかったと思います。

医学の非専門家であれば山下氏の事実認識を完全に理解するのは困難でしょうが、関連した事実認識の要点だけなら理解できるはずです。
 このようして山下氏の事実認識を前提として山下氏の発言を批判するべきと思います。つまり、Uの「仮に『相手の事実認識を前提』として相手の発言を批判する」を行なうできです。

 

 さらに言えば、基本的には、非専門家は専門家に対抗できるレベルの事実認識を持つことは不可能なので、このUによる批判までしか出来ないことになります。


 

しかし、せっかく山下氏の事実認識を前提にするのであれば、単に批判するだけでなく積極的な提案をしてもらいたいと思います。

事故直後の住民向け講演で重要な課題は次のようなことです。「放射線健康リスクの責任者を務める医師が、見えない不安におびえ混乱の渦中にいる住民に対し、充分に解明されていない被曝被害について何を、どのように伝えればよいのか?」と言うことです。山下氏も3月20日の講演について「皆さん非常に重苦しい雰囲気でした」と述べています。

このような場面で、関連する医学情報をとうとうと述べるのが良いとは誰も思わないでしょう。まさに「ことば」の専門家が本領を発揮できる場面です。その面では素人の山下氏は上記のような発言しか出来なかったのですが、影浦氏ならより適切な発言を提案できるはずです。

このようないわば究極の場面のおける具体的な提案は大変貴重であって、これはまだまだ未熟なリスクコミュニケーションのレベルアップに貢献するはずです。ぜひとも影浦氏に期待したいところです。

 


注-1) 私としてはこの二つの見解になんの違和感も覚えません。恐らく、生命体の奥深さと研究の限界を少しでも知っている人なら同じように考えるでしょう。むしろ、それぞれ状況(TPO)を考えれば両発言は適切だったと思います。
 
なお、本質的ではありませんが、「明らかなリスクは起こりません」と「リスクを否定できません」は論理的に矛盾がないと思います。また、10 mSv以下とされている福島県住民の被曝量は、後半の「10-100mSvの間」にも適合しません。

注-2) 影浦氏はこの発言から「動物をニコニコさせたり、クヨクヨさせる」と考えたようですが、普通はストレスによる免疫力低下のことだと理解するはずです。
 
山下氏は、本発言に関して「ラットを使った動物実験からは、ストレスを感じやすいラットほど放射線の影響を受けやすいことが明確にわかっています。放射線の影響下にある人たちにとってストレスは百害あって一利なしです。しかも精神的なストレスは免疫系の働きを抑制するため、ある種のがんや、がん以外の疾患の発症につながるおそれがあります。だからリラックスも大事だと話したのです。」とインタビューに答えています。(2011年8月19日ドイツ・シュピーゲル誌)



 

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