論考    パンドラの約束
  F-5-1




1 反原発vs原発推進の信念対立 2014.6.30  (更新 2014.12.24)

1-1 映画‘パンドラの約束’

 ‘パンドラの約束’と言う地味な映画が、原発の是非を論ずる人々の間で少し話題となっていました。

       

  この映画の宣伝文はつぎのようになっています。
「人類はこの数十年の間に、途上国の生活水準向上のために、現在の3倍ものエネルギーを必要とすることになる。クリーンで二酸化炭素を排出しないエネルギー源が出現しない限り、地球の温暖化は避けられない。環境活動家には、世界が直面するエネルギーの枯渇と温暖化を解決するのは風力と太陽光だと主張する者もいるが、現実的ではないという批判もある。映画監督のロバート・ストーンは、福島、スリーマイル島、チェルノブイリなどを取材し、この問題を詳しく調べていった結果、原子力こそが化石燃料に代わる唯一のエネルギー源であり、地球を気候変動から守るという結論に至る。」
(左図は映画ポスター、 予告編はhttps://www.youtube.com/watch?v=KP7RG86gksc

 
 右図に示された5人の環境活動家のインタビューが映画の中心となっていますが、彼らはかつて反原発での指導的な論者であったものの、地球温暖化が非常に深刻であると判断するようになって苦悩の末に原発推進に「転向」した人々です。

 

 実は、「転向」は“不毛な信念対立”を考える本サイトにとって大変興味深いものです。それは、転向者は信念対立で両者を隔てている塀を乗り越えることが出来た貴重な体験者だからです。

 そこで、「転向」を手がかりにして、原発の是非に関する“不毛な信念対立”を考えることにします。
 まず準備としてこの対立において外に現れている諸状況を本章で確認した後、次章以後でその内に隠れている本質的な問題点を追求していくことにします。

 

1-2 信念対立の現状

1)相手陣営からの批判

 原発の是非に関する信念対立では、反原発(原発撤廃)と原発推進(原発存続)の両陣営は互いに相手を厳しく批判し合っています。

 典型的な批判をまとめると表1のようになるでしょう。



 表では分かりやすいように、“価値判断”に係るものと「事実判断」に係るものに分類しています。“価値判断”は自分の『価値観』に基づいた判断
(「〜すべき」)、「事実判断」は事実に基づいた判断(「〜である」)であり、このふたつが信念形成の重要な要素となっています。

 “価値判断”と「事実判断」はともに人によって大きな違いがあり、特に信念対立している両者では真逆になっていることが多くなっています。ただ、“価値判断”は本来個性的・主観的なもので、人ごとに違ってしかるべきなのに対して、「事実判断」は事情が異なります。個々の事実は、基本的には、本来客観的であって誰にとっても同じものですが、「事実判断」はそれを総合的に判断する過程で客観性が失われて人によって違ってしまっているのです。
 (なお、「事実判断」には過去の事実だけでなく、将来起きる事の判断(将来予測)も含まれます。これでも「事実判断」の違いが出やすくなります)

 

2)信念対立の特徴

 上記表から信念対立の特徴として次の点が浮かび上がってきます。

@ 非対称・すれ違い 
 反原発派は“価値判断”を重視、一方原発推進派は「事実判断」を重視しており、対立が非対称となっています。これにより議論のすれ違いや争点のずれなどが発生しています。

 (分かりやすい類似例として、最近の美味しんぼうの例があります。原発推進派は事実関係を批判しているのに対して、反原発派は表現の自由への圧力を批判しています。互いに自分に向けられた批判は無視し、相手への批判のみに力が入っています)

 

A “価値判断”の相違
 反原発派と原発推進派の“価値判断”には大きな相違があります。

 両派の“価値判断”のベースとなっている『価値観』をステレオタイプ的に示すと、
   ○反原発派
      理想主義的で倫理感を持った正義漢ですが、思い入れが強すぎる面があるようです。
      また、情緒的で感情に左右される面があるように感じられます。

○原発推進派
      論理的で現実主義的ですが、倫理感や人間味にやや薄い面があるようです。
      また、常に冷静沈着であるが、理屈のみで通す面もあるように感じられます。

 

B「事実判断」の相違
 「事実判断」にもかなりの相違があります。(これについては次章以下にて詳しく検討します)


C人格否定
 反原発派は「事実判断」が弱いので「知性に問題あり!」のように中傷されることが多くなっています。一方、原発推進派は“価値判断”が温かみに欠けるので「人間性に問題あり!」のように中傷されることが多くなっています。
 このような相手の人格否定はとても激しく、数ある信念対立の中でトップ級となっています。

 

D没交渉  
 真摯な議論はほとんど行なわれていません。
 “価値判断”は主観的なもので人それぞれなので議論がなくても構いませんが、「事実判断」は本来客観的なもので、明らかに不適切なものがあります。真摯な議論によってこそ「事実判断」はより適切なものになり得ますので、没交渉は大きな問題となります。

 

 以上@〜Dにより、反原発vs原発推進の信念対立はまさに “不毛な信念対立”の代表格となっています。



注) 5人の転向者  (‘パンドラの約束’の紹介 http://www.pandoraspromise.jp/cast.html より引用)
注-1) スチュアート・ブランド・・・アメリカにおける環境保護運動の“巨頭”として、あまりにも有名な存在。第二次世界大戦後の反戦運動が環境運動へと展開していった仕掛け人で、60年代後半から70年初頭にかけてアメリカ中心に活発化した国土回復運動のバイブル「全世界カタログ」の発行人として知られる。2005年、アップル会長だったスティーブ・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式で述べた言葉「Stay Hugry Stay Foolish」も、じつはこの「全世界カタログ」から生まれている。ジョブスがブランドの思想にインスパイアされ、アップルの企業文化に取り入れようとした事実はよく知られている。それほどニューエイジの人々に与えた影響は大きく、ロックバンドを中心とするカルチャーや西海岸の知識層に多大な影響を与えてきた。
環境プラグマティストの教祖ともいうべきスチュアート・ブランドが、旧来の環境保護派が最も嫌う原子力推進派となったのは21世紀に入って間もなくのことであった。2003年、政府による「気候変動に関する研究会」に請われて参加し、ユッカマウンテンの核廃棄物貯蔵所などで新エネルギーに関する真剣な検討を行ううちに、原子力こそが“地球温暖化の解決手段”であり“人口増加に対応できる新エネルギー源”であることを確信。「数十年にわたって環境保護派たちをミスリードしてしまったと後悔した」という。彼は未だに環境保護派たちに影響を与え続けていることからも、この映画に出演することで自分の主義・主張を改めて確認してもらいたいとしている。

注-2) マーク・ライナース・・・イギリスの作家・ジャーナリスト。環境活動家としても有名で、気候変動に関しては専門家である。著書『温暖化する地球での私たち』は王室科学賞を受賞するとともに、22の言語に翻訳出版されている。2005年にオックスフォードでの代替エネルギー会議に出席し、原子力が温暖化ガスを排出しないことを初めて自覚、あわせて太陽光や風力はエネルギー供給量において未だ微弱であると認識する。その後の論文で「環境保護派は原子力を見直さねばならない」と述べ、大論争を引き起こすことになった。だが、2009年のコペンハーゲン気候サミットでは、モルジブの気候変動アドバイザーとして「太陽光発電をもとに2020年までに化石燃料から完全脱却する」と表明。ここから分かるように気候変動への解決手段としての原子力を支持しつつ、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの推進を実践している。最近では、再生可能エネルギー推進グループと原発推進グループの連携運動に関わって、イギリスのエネルギー政策の完全転換をめざしている。近く、映画と同名の著書『パンドラの約束』を発表の予定だ。

注-3) マイケル・シェレンバーガー・・・1990年代にナイキ従業員によって始められた、アジア地域での森林保護運動のリーダーとして活動したことが、環境活動家としてのスタートになった。その後、テッド・ノードハウスとともにオークランドにブレイクスルー研究所を設立、エネルギー・気候・安全保障などに関する研究を行っている。2004年に『環境保護主義の死』を上梓。それまでの環境保護主義が“気候変動に対して何の有効対策も持てないことが証明された”と述べ、若手の環境保護主義者に多大な影響を与えることになった。07年出版の『環境保護主義の死から、可能性の政治へ』は、環境論の発端となったレイチェルカーソン『沈黙の春』以来の名著とされている。シェレンバーガーは、スチュアート・ブランドの原子力推進への転換に影響されているだけでなく、独自の調査によって“再生可能エネルギーは90億人にもなる将来世界には適さない”として、自他ともに認める次世代原発のスポークスマン的存在となっている。

注-4) グイネス・クレイヴンズ・・・雑誌編集者・ジャーナリストで作家。彼女の専門ジャンルは多岐にわたり、フィクション・ノンフィクションの両面でベストセラーを生んでいる。「New Yorker」所属の時代から気候変動についても興味を持ち、当初は筋金入りともいえる反原発派だった。しかし、自然派科学者であるリチャード・アンダーソン博士夫妻と行動をともにするうち、原子力関係文献の調査や原子力発電所の訪問をもとに『原子力の真実』を発表。それ以降、原発賛成派のスポークスマンとして“気候変動危機の解決手段としての原子力”についての講演をアメリカ内外で行っている。 

注-5) リチャード・ローズ・・・これまでに24点の著作を発表しているが、最も有名なのがピューリッツァー賞ノンフィクション部門受賞作の『原子力爆弾の製造』(1986)。ヒロシマ・ナガサキ原爆の研究となったマンハッタン・プロジェクトに関する歴史と関係者を描いたもので、核時代の始まりを書いたものとして歴史学者・原子力学者からも評価を得ている。原子力発電に関しては当初、反原発の立場で記事を書いていたが、科学者やエンジニアが原子力の高いエネルギー変換効率に着目していることから考えを変えた。1993年発表の『エネルギーの常識』では、アメリカ原子力産業内での問題を日本とフランスの状況と比較検討した。また、一般市民がいかに核爆弾と原子力エネルギーを混同しているかについて強調。最終的に、原子力こそが最もクリーンで安全なエネルギーであると結論付けている。




 

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