研究 U編 信念対立の検討 
  U-1章
 3要素の設定と構造化  2-1
                                                                  

 本編では、(不毛以前の)「信念対立」、すなわち“不毛な信念対立”となる以前の「信念対立」について検討を行う。
 本章では「信念対立」のための3要素を設定し、その特徴を検討する。また、3要素によって「信念対立」の構造化を行う。


1. 「信念形成」の要素と構造
1-1 要素
 「正しいと信じ堅固に守る自分の考え」である信念(T-2章にリンク)は、人の心の中でどのようにして形成されるのであろうか? 何らかの「情報」があれば単純な判断はそれだけで出来るだろうが、その「情報」を元に「思考」すればより高度な判断を行うことができる。そして、その判断が信念として固まるには、それが自分の「価値観」に沿っているとの確認が必要となる。

 たとえば、刻々と変わる日の出を目撃する(=「情報」)とこれから明るくなるだろうとの単純な判断は簡単に出来る(猿でも分かる)が、恐らく明朝も同じ東の空から日が昇るだろうとのより高度な判断にはいろいろと考えをめぐらすこと(=「思考」)が必要となる(猿では?)。また、将来ずっと必ず同じ姿の日の出が続くとの考えが信念として固まるには、お天道様、あるいは科学への帰依(=「価値観」)が必要となる。

  これらの「情報」「思考」「価値観」が要素となり得るが、より明確にするために、「情報」は目撃だけでなく情報・データ・知識、および情報収集のキーワードで示される範疇に拡大した上で、「現在自分が保有している情報・データ・知識、および新たに情報を収集する能力」と定義する。
 同様に、「思考」は思考・理解・洞察・論理の範疇として「論理的な思考とものごとの本質を理解し洞察する力」、また「価値観」は価値観・倫理の範疇として「自分が大切にしている価値観」と定義する。

 
 そこで、表1に整理された『情報』『思考』『価値』を、まずは「信念形成」の要素として設定する。

表1

 なお、T-4章では「情報」「思考」「価値観」「感情」「利害」「思い込み」を要素の候補としたが、本U編で検討する(不毛以前の)「信念対立」では「情報」「思考」「価値観」のみを要素としている。他の要素は“不毛な信念対立”では重要であるが、「信念対立」では構成要素にもなっていないと考えられる。

1-2 構造
 人の中で『情報』『思考』『価値』の3要素が働いて新しい信念が形成されることになる。これは会社の中でヒト・モノ・カネの働きがあってこそ事業の拡大も行えることに喩えられる。

  「信念形成」の構造を図1に、譬えの構造を図2に示す。

図1       図2


2. 
要素の特徴
 要素同士はどのように影響し合っているか? 各要素の重みは? なぜ人によって要素の差異が生じるのか? の3点について検討する。
2-1 要素同士の影響
 
これら3要素は完全に独立しているのではなく、当然ながら互いに強く影響し合っている。
 『情報』に対しては、『価値』が自分に接する情報、およびそのうち自分の知識として入手する情報を取捨選択している。また、『思考』がその知識を意味づけしている。
 『思考』に対しては、『情報』が思考のベースとなる知識を提供している。また、『価値』が考え方の枠組みを支えている。
 『価値』に対しては、『情報』が価値観のベースとなる知識を提供している。また、『思考』がその知識を概念化したり、概念化した価値観を具現化したりする。
 3要素が影響し合うイメージを図3に示す。

図3

2-2 要素の重み
 客観的な「事実」に関する信念はその根拠も「事実」であるが、「事実」はすべて情報で構成されている。ただ、情報を構成するには思考が不可欠となっている。
 一方、価値観は基本的に無縁となっており、「研究倫理を遵守すべき」「神は細部に宿る」などの理念がわずかに影響する程度であろう。

 
 これに対して、理想や感想などの主観的な「非事実(事実以外の考え)」に関する信念はその根拠の多くも「非事実」であるが、「非事実」は主に価値観で構成されるものであり、その構成には思考が不可欠となっている。
 一方、情報は補助的なものでしかない。

 
 そこで、3要素の重み(影響度合い)は、図4となるのが本来の形であろう。

図4

2-3 人による差異 (U-4 4.で詳説)
 信念対立が発生するのは人によって3要素の内容(中身)に差異があるからとなる。

 『情報』では、たとえば、ある社会問題についての知識は、その人が利用したメディア(一般商業紙vs政党機関紙、公共放送vsネット特定サイト)でかなり異なるだろう。また、極端ではあるが、同じコンピュータエンジニアでも、情報処理系と半導体系ではそれぞれの知識は決定的に異なっている。
 端的に言えば、その人が知らないものはその人にとっては存在していないものであり、言わばその人は「自分の知っている限りの世界に住んでいる」ことになる。

 『思考』では、同じように伝えられた社会問題でも、そこに内在する意味をどこまで推考できるかはその人の理解力・洞察力によってかなり異なるだろう。また、同じレントゲン写真でも、放射線医師と機器エンジニアが推考する結果(病変の状況vs機器不良の状況)は決定的に異なっている。
 その人が考えられないものはその人にとっては管轄外のものであり、言わばその人は「自分の考えている限りの世界に住んでいる」ことになる。

 『価値』では、同じように推考された社会問題でも、それを深刻な事態と捉えるか否かはその人の価値観によってかなり異なるだろう。また、同じ肉料理でも、ヒンズー教徒とイスラム教徒が忌避するもの(牛肉vs豚肉)は決定的に異なっている。
 その人が価値を認めていないものはその人にとってはあってはならないので、言わばその人は「自分の認めている限りの世界に住んでいる」ことになる。


 
まとめると、人は「自分の知っている限りの、考えている限りの、認めている限りの世界に住んでいる」ことになる。これでは信念対立が発生しない方が不思議となる。


3. 「信念対立」の要素と構造
 「信念形成」の『情報』『思考』『価値』をそのまま「信念対立」の3要素として設定する。

 「信念対立」の基本的な構造は図5となる。

図5

 信念が対立している場合は、それぞれの要素同士も対立していることがほとんどである。
 単純な意見の対立は話し合いで解消することが多いが、信念対立は簡単ではない。その理由の一端がこの構造から理解できる。


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